LOGIN「何よ、ザマァって?」
聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。
「近ごろ
「恋愛小説ぅ?」
「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」
「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」
ウェルシェの主張にカミラが
「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」
「大好きよ!」
胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。
妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。
「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」
「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」
恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。
「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」
カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。
「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」
「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」
ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。
「それでザマァって何よ?」
「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」
王子様役の男を巡ってライバルの令嬢がヒロインと争い権力を傘に虐めるが、最後には仕返しをされてしまうのだと説明を受けてウェルシェは一つ頷いた。
「ああ、ざまあ見ろって意味ね」
納得がいったウェルシェであったが、すぐに興味なさそうな表情になった。
「くっだらない!」
「お嬢様ならそう言うと思っておりました」
恋愛脳とは真逆にいる主人をカミラは重々承知している。
「だって、貴族の婚姻に恋愛感情を持ち込むなんてナンセンスよ。ライバル令嬢やヒロインの争いの前にお相手の王子様とやらの神経を疑うわ」
「私は年頃の娘なのに恋愛に残念なお嬢様の感性の方を疑います」
「恋愛に
「まあそうなんですが……」
カミラは何度目かのため息を漏らした。
「恋愛の代わりに周囲をおちょくって楽しんだツケは払わなければなりませんよ?」
「ぐぬぬぬ!」
カミラの一言で現実に引き戻されてウェルシェは歯噛みした。
「ホント後先考えない行動は慎んでください」
「ちゃんと私は計画通りにやったわよ!」
「計画以上の事もされましたよね?」
「だって、シキン夫人が暴走したんだもん」
もとは自分の趣味優先が原因なのにウェルシェはとことん責任転嫁だ。
これではオーウェン殿下の事を悪く言えないのではとカミラは思った。
「しかも、今回の件で王妃様達にお嬢様の
だが、カミラの懸念は他にある。
「今ごろ王妃様はオーウェン殿下の
「どうして? 公爵令嬢で有能なイーリヤ様の方が、私より王太子妃として
カミラは常々不思議に思うのだが、ウェルシェは意外と自分を客観視できていない。
「イーリヤ様はご自分の才能を隠そうともしないお方です。ですから無自覚に殿方の自尊心をバッキバキにへし折られておいでなのです」
能力だけは激高のイーリヤだが
「その点お嬢様は裏で蠢動するのが大好きな腹黒。ヘタレなエーリック殿下でさえきちんと立てられるお方ですから」
「失礼ね! エーリック様は努力されているんだから、オーウェン殿下よりもうちょっとマシよ」
もうちょっとだけなのかとカミラは思ったが、そこはあえて突っ込まない。
「オーウェン殿下はプライドが高いですから、イーリヤ様とは絶望的に相性が合いません。今からでも婚約者をお嬢様にすげ替えようとなさるのでは?」
「まっさかー」
ケタケタ笑ってウェルシェは手をヒラヒラと振る。
「だって王妃様自ら私とエーリック様の婚約を保証なさったのよ。今さら撤回はできないわ」
「それもそうですね」
ウェルシェの指摘はもっともだ。
もし、彼女をオーウェンの婚約者としたいのであれば、オーウェンに厳しい裁定は下していなかったであろう。
「だとすると、オーウェン殿下の王位継承権の行く末が当面の問題ですか」
「あのボンクラ王子が改心するとも思えないものねぇ」
「それで、お嬢様はいかがなさるおつもりなのです?」
このままではエーリックが立太子する未来一直線である。
「どうにかしてオーウェン殿下に実績を上げさせないといけないわね」
「オーウェン殿下とその愉快なお仲間達にそれが可能とお思いで?」
無理よねぇ、とウェルシェはため息を漏らす。
「王妃様にだってオーウェン殿下達が汚名返上できるとは思っていらっしゃらないでしょうに、どうして罰をあんなに重くしたのかしら?」
「国母として母親としてオーウェン殿下に少し厳しい試練を課して成長を促しておられるのだとは思うのですが……」
「オーウェン殿下にとっては少しじゃないものねぇ」
どう考えても彼らには無理ゲーだ。
「あるいはイーリヤ様との仲を修復して欲しいとお考えなのかしら?」
「なるほど、確かにオーウェン殿下にとって、それは起死回生の一手でございますね」
超絶優秀なイーリヤが味方をすれば、ボンクラ王子オーウェンにも十分に勝算はある。
「やっぱ一度イーリヤ様と接触しなきゃいけないわね」
「ですが、オーウェン殿下とイーリヤ様の仲は修復不可能ではありませんか?」
「元凶はあの『スリズィエの聖女』よねぇ」
オーウェンを始め見目の良い貴族子弟を侍らせていた薄桃色の髪の美少女を思い出す。
イーリヤに対してオーウェンが劣等意識を抱いているのが原因である。だが、イーリヤとオーウェンの中に亀裂を入れたのはアイリスである。
「イーリヤ様とアイリス様を引き合わせて関係を修復しないといけないかもしれないわね」
「それ大丈夫ですか?」
「何が言いたいのよ?」
「お嬢様が介入すればするほど事態が深刻になっていくような気がします」
カミラは眼鏡の
「どうにもお嬢様が墓穴を掘っているようにしか見えないんですよねぇ」
「何よ、ザマァって?」聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。「近ごろ巷間で流行っている恋愛小説のテンプレでございます」「恋愛小説ぅ?」「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」ウェルシェの主張にカミラが疑いの目を向ける。「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」「大好きよ!」胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。「それでザマァって何よ?」「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」王子様役の男を巡ってライバルの令嬢
「それでは、学園でまたお会いできるのを楽しみにしておりますわ」「あ……う、うん……また……」ウェルシェからお色気攻撃を不意打ちで食らい、エーリックがフラフラと地に足がつかない状態で帰っていく。「あらあら、エーリック様、大丈夫かしら?」その背中を見送りながらウェルシェはくすくす笑った。「あれはやり過ぎだったのではありませんか?」ウェルシェがチラリと背後を見やれば、カミラが半眼を向けていた。「ん、何の事?」だが、ウェルシェは頬に右手を添えて可愛い仕草ですっとぼける。「そんな可愛い子ぶっても私には無意味ですよ」「むぅ、カミラも可愛いの好きでしょ?」ウェルシェが口を尖らせた。そんな子供っぽい態度も愛らしく、同性であってもくらりときそうだ。「ええ、小さい頃のお嬢様はお可愛らしく、モノホンの妖精でございましたのに……」カミラはハァっとため息を吐き出して、どこで間違ったのかと嘆いた。「何よ、今だって私はカワイイでしょ。学園じゃ『妖精姫』って呼ばれてるんだから!」背中に美しい羽根が見えるって言われてるんだからと、カミラの前でウェルシェはクルリと回って見せた。拍子にふわりとスカートが舞う。その軽やかな姿はとても幻想的で絵本から美しい妖精が出てきたよう。「最近の妖精にはコウモリの羽と悪魔の尻尾が生えているとは存じ上げませんでした」だが、
「――と言うわけで兄上の進言は退けられたんだ」エーリックは裁定の場での仔細をウェルシェに誇らしげに語った。ここは、いつものグロラッハ家の庭園の中にある四阿。ウェルシェが王妃オルメリア主催のお茶会で色々やらかしてから一週間以上が過ぎていた。あの後、非公式ながら国王と王妃の名の元に関係者が集められた審議の場が設けられた。そこで自分の主張が通って無事ウェルシェとの婚約が継続となりエーリックは少し自信をつけたらしい。「しかも、僕らの婚約は父上と王妃殿下の後ろ盾を得られたんだよ」実際はウェルシェの暗躍のお陰なのだが、それを知らないエーリックは胸を張った。男の子は好きな女の子には格好良く見られたいものなのである。「これでセギュル先輩がウェルシェに言い寄ってくる事もなくなるはずさ」「ホントですの!?」報告を聞いたウェルシェは両手を顔の前で合わせて喜んだ。そのあざと可愛いポーズで朗らかに微笑むウェルシェの姿はまさに妖精姫そのもの。エーリックは自分の婚約者は世界一可愛いとだらしなく相好を崩した。「王妃殿下が僕達の婚約への一切の干渉を禁じたから、学園でウェルシェにちょっかいをかける者はいなくなると思うよ」「さすがエーリック様ですわ」男を手の平の上で転がす腹黒令嬢は追い打ちヨイショを忘れない――それがウェルシェ・グロラッハである。「いやぁ、僕は大したことはしてないさ」実際こいつは大したことはしていない。「そんなことありませんわ。私とても恐い思いをしておりましたの」しなを作って
――カシャン! オルメリアは手にした王笏の底部で床を打った。 もう、これ以上聞くことはないとの意思表示だ。「オーウェン、お前は多くの失態を犯しました」「わ、私に何の落ち度があるというのですか?」未だにオーウェンは自分達以外の者こそ間違いを犯しており、それを正そうとしただけだと思っている。だから、オルメリアの非難は心外そのものだった。「第一に、今回の婚約話は私が提案したものです。そこにエレオノーラやエーリックの意思は介在していません」「で、ですがケヴィンは……」「よってエーリックがグロラッハ嬢に圧力をかけたとの言い分は全て事実無根です」オーウェンはごにょごにょと言い繕おうとしたが、オルメリアはまったく取り合わない。「第二に、ケヴィン・セギュルの狼藉をお前が一方的に擁護した件。これに関してはウェルシェ・グロラッハより直接抗議を受けました」「そ、そんなはずは!?」「私が直に彼女から聞いたと申しているのです」ピシャリと断言されてオーウェンはグッと口を噤んだ。「また、ケヴィン・セギュルの王家への叛意とも取れる発言を擁護もしましたね。こちらも本人からだけではなく、多数の証言を得ています」「ケヴィンの発言は王族へではなくエーリックの暴虐への苦言であり諫言です!」「王族ではなくエーリックの、ですか……つまりお前はエーリックを王族とは認めないと?」オルメリアの声が絶対零度にも届きそうなほど冷え冷えとした。母の感情が消え去った声にオーウェンの背筋が凍った。「い、いえ、今のは言葉のあやで、決して私にそのような意図は……」
「黙るのはお前の方だ」国王ワイゼンは若くして戴冠した。その在位年数は十年以上にも及ぶ。若輩の身でその重責を負いながら大過なく国を治めてきた。その彼にとって経験の浅い息子の威圧など何の重みも持たない。「ち、父上!」現国王のプレッシャーにオーウェンはたじろいだ。「都合が悪くなれば怒鳴って黙らせようとするとは、なんと底が浅い……母は嘆かわしいですよ」それからもう1人。彼の母、王妃オルメリアもである。彼女は国王を助け、国体を守ってきた。彼女にとってオーウェンの怒声など、仔犬がキャンキャン喚いているのとなんら変わらない。「母上まで……」二人にぎろりと睨まれ、先程まで居丈高だったオーウェンは情け無いほど震え上がった。「この件に関し全てをオルメリアに一任する。オルメリアの言葉は我が言葉と心せよ」ワイゼンは手にしていた王笏をオルメリアに貸し与えた。この場の全権を任せるとの意思表示である。「今回の騒動はエーリックとウェルシェ・グロラッハの婚約だけが問題ではありません」王笏を手にしたオルメリアは前へと進み出て壇下のオーウェンに厳しい視線を向けた。「ゆえに関係者一同に集まってもらいました」既に事情を知っている者もいるようで、顔色を悪くしている。「まずは一番の問題であるケヴィン・セギュルですが……」オルメリアがちらりと視線を送った先にいたのはケヴィンの父セギュル侯爵。彼は有罪判決を受ける被告人の如く
「エーリック、そなたの言い分を訊ねたい」オルメリアの指名を受け、エーリックは居住まいを正して前に出た。「忌憚の無い発言をお許しいただけますでしょうか?」「許します。存分に意見を述べなさい」オルメリアは当然とばかり頷き発言を促した。「まず、グロラッハ嬢との婚約ですが――」エーリックは言質を取るとオーウェンの世迷い言を論破しにかかった。「私が母エレオノーラに懇請した事実はございません。この婚約は王妃殿下からの薦めであるのは周知の事実です」エーリックの言葉に国王、王妃だけではなく周囲の者達も頷く。「それに、グロラッハ嬢とはお見合いの場で初めて顔を合わせたのです。兄上が糾弾された横恋慕などありようはずがありません」「なるほど……」オルメリアの相槌にエーリックは内心でホッと安堵のため息を吐いた。このような論争ではもっと婉曲な表現をしなければならないのが貴族の世界。「次に王族に逆らえずグロラッハ嬢が婚約を承諾したとの話ですが――」だが、オーウェンが直接的に難詰してきた以上は、エーリックもそれに応じなければならないと判断したのだ。だから、はっきりとオーウェンを批判した。「それを言ってしまえば私は誰とも婚約できなくなってしまいます」「その通りですね」この場の誰もがエーリックの主張に頷いた。エーリックに支持が傾いている。オーウェンはジリジリと焦り始めた。「それにグロラッハ嬢は私との婚約を快諾してくれました」「だから、それはグロラッハ嬢が貴様に逆らえず……」「黙りなさい。今はエーリックが陳述する場です」「ぐっ!」エーリックに食ってかかろうとしたがオルメリアに窘められ、オーウェンは口を噤んで拳を握り締めた。「続けなさい」「感謝いたします」実の息子の暴走をオルメリアが止めてくれたのでエーリックは心から謝意を示した。「私はグロラッハ嬢と良好な関係を築いて参りました。ところが、学園に入学してから貴族子息達が彼女に付き纏い始めたのです……」エーリックは学園でウェルシェが悩まされている男性被害について詳細を説明した。「子弟達は公衆の面前でさえ執拗に迫ってきたのですか?」「はい」エーリックの話す内容にオルメリアのみならず皆が呆れた。「そこで、私とグロラッハ嬢は対策を講じました」「どのような内容か
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません」「まあ、もうそんな時間なんですの?」「楽しい時間はあっという間ですね」エーリックが器用にウィンクすると、ウェルシェがパッと花が咲くように笑った。「また、あなたにお会いできる日を楽しみにしております」「私も楽しみにお待ちしておりますわ」潤んだ瞳でウェルシェから可愛く見上げられ、エーリックはすっかり舞い上がってしまった。(これって、ウェルシェも僕に恋しちゃってるんじゃない?)エーリックはカッコよく颯爽と帰るつもりだった。だが、顔は締まりがなく、足取りも地につかずふわふわして覚束ない。「あらあら、あんなにフラフラして大丈